2013年4月7日日曜日

Vol.8 私はオバさんになったが森高はどうだ


来月で40になります。

おどろいた。こんなにフラフラした40になるとは思っていなかったけれど、

30のときもあんなに子供じみた30になるとは思っていなかったので、

安定の期待はずれであります。



さて。

泣く、笑う、喜ぶ、寝る、憤るなど、

この世に生を受けてから一日の休みもなく、

あらゆる人間の動作や状態を体得してきたと思っていましたが、

ここに来てまさかの新しい状態を体得するに至りました。

それは「老ける」です。

「老い(おい)」の一歩手前、それが「老け(ふけ)」であります。



老けは知らぬ間に忍び寄る恐怖。

ある日突然おでこに一本深い皺が入る訳ではありません。

老けは一日にしてならずであり、

老けフェアリー(妖精)は私が寝コケているうちに、

私の体に毎晩少しずつ老ける粉をかけていきました。



しかしそれが余りに微量なのですぐには気付かず、

35歳ぐらいからなんとなく異変には気付き、

しかしまだこれがいわゆる老けだとはつゆ知らず、

40を目前にして突然、雷に打たれたように

これはまごうことなき老け状態だ! と自覚しました。



女の老けは総合点で決まります。

目じりの小ジワなんて序の口で、

髪の艶、デコルテのハリ、後姿の肉付き、歯の色、白目の濁り、

手の甲のシミ、顔の輪郭、踵の硬さ、尻のざらつき、地爪の色、首のシワ…

体の全てが老けの反射区になっており、

それぞれが少しずつ少しずつ経年劣化した状態の総合点で

全体の印象が決まる。



つまりどこか一か所頑張れば老けを一蹴できるのではなく、

全ポイントを均等にケアすることでしか老けには購えない。

これは厳しい。女は突如、自分が育て方の異なる何種類もの花が植わった

庭の主だということに気付くのです。



庭主である私は、もちろん隣の庭が気になる。

若い庭よりも、数年前の自分の庭や、

同世代のあの人の庭がとても気になります。

木村さんとこの庭は三十後半のある日突然輝きだした。

山口さんとこの庭はいつも自然な印象なのに綺麗だし、

君島さんとこの庭は豪華な花が咲き誇っている。

どんな庭師を雇っているのかしら?

どんな栄養剤を使っているのかしら?

でも私は体感的に知っている。

庭主自身が行う毎日の丁寧な手入れが

プロの庭師や栄養剤よりもずっと、庭の質にかかわっていることを。




頭の良い女は、自分が庭主であることに10代から気付いており、

庭の美醜が自分の価値と直結する時代を十二分に謳歌します。

しかし私はうすらぼんやりとしておりましたため、

庭の手入れはあまりにもきまぐれで、しかしそれでも若い庭は

自分が気まずくなるほどの荒れ方はしなかった。



まったくもってそうはいかなくなるのが40前後の庭です。

手入れを怠れば確実に荒れ、自分を含む見る者に気まずさを与えます。

老けは手入れのされてない庭の侘しさに似ており、

電車の窓に映る荒れた庭を見るたびに、私はそっと目を背けます。



荒れた庭を見られるのは嫌なものです。

しかし塀で囲うわけにもいかない。

ですので庭を美しく保つためにあちらの花の虫を取り、

こちらの花の無駄な葉を間引き、支柱を立て、

綺麗な花が咲くようにまんべんなくジョウロで水をやる。

そういった丁寧な所作が毎日必要になってくるのですが、

実際には全部の花にホースでざっと水をやって

ブーとおならをして寝るような体たらくで、

翌日にはもう水やりさえサボる自堕落な自分を嫌悪する。

荒れた庭を見る落ち込み、それでも手入れをサボるダメな自分への落ち込み、

この二重の落ち込みが40目前の私を襲います。



こうなると男性の目はどうでも良くなってきます。

男ウケする庭よりも、自分の心が安定する庭にしたい。

その結果が美魔女のおどろおどろしい庭を出現させたのではないでしょうか。

男性の目を正確に意識していたら、ああはならない。

あれは己との、そして同世代女との戦いなのでしょう。



加齢と老けは微妙に異なるものです。

胸が膨らんできた十代前半、

自身に性的な意味合いが付加されていくことに戸惑ってから約30年、

自分の意思に関係なく体の変化で女の舞台に上げられて、

ようやく心と体の辻褄が合ってきたあたりで、

今度は体が舞台から降りようとする。


数字が増える、社会的立場が変化するという意味での加齢自体は、

35歳あたりから比較的ゆるやかに受け止められるようになりましたが、

それに伴う肉体の経年変化を受け止めるのは思ったより心の負荷が強く、

そして時間のかかることのようです。



容姿には無頓着な自分がここにきて老けを恐れるようになるとは

まったく思っていませんでしたし、それは甚だみっともない。

でもそうだから仕方ない。

私は自分の老けを「はいそうですか」と瞬時には受け容れられませんでした。


自分はつくづくやっかいだなと残念な気持ちですが、

朽ちて行く変化に無頓着でいるか、朽ちて行くなりに綺麗に見えるよう

丁寧に手入れをするか、それを日々問われるのが40代なのでしょうか。



さて、加齢に関わる話をすると必ず、

女性は何歳でも素敵な人は素敵だし、見た目に固執するなんてナンセンス!

といった言葉を聞きます。

あと大切なパートナーや仲間ならば、

いつどんな状態の自分でも受け容れてくれるとかね。

でも、そんなの当たり前だろ。

誰が見ても年齢に関係なく素敵な人は素敵なのは

心身ともに手入れをちゃんとしているからですし、

私の狭い心が気にしているのは、

私の事を良く知らない人にどういう印象を持たれるかです。



それでいて、いくつになっても美しく可愛らしい女が良しと

頑なに信じ明後日の方角に猛進しているのは

私も含めて女自身ではないかとも思います。

女が女を恫喝するおかしなマッチポンプ構造を白い目で見る私ですが、

それでも己の体躯に「皺は女の勲章よ!」とフランス女のような事を言えるほど

達観はできていません。

実年齢マイナス3~5歳ぐらいの印象をもたれたらいいなぁ~と、

何の努力もせずに浅ましい事を考えています。



そんな事を思いながらテレビを見ていたら、

40歳をとうに越えた森高千里が『私がオバさんになっても』を歌っていました。

なんということでしょう! 歌っている森高はオバさんになっていなかった。

正確には口の悪い男性が言うところの綺麗なババアというやつになっていた。

歌ってない私は荒れた庭のオバさんになっていた。

私はオバさんになったの現在完了形だ。

それにしてもあちらは「若い子には負けるわ」とは口ばかりの

相当丁寧に手入れされた気合の入った庭ですな。

異性に気合と手間を悟られないああいう庭が、

この世でいちばん凄い庭だと思います。


7 件のコメント:

  1. ダメだ!タイトルで吹いてしまった!笑
    ん~、男にはわからない世界だなと思いつつも、女性という生物の勉強になる。
    素晴らしいブログ!

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  2. 女子問題に引き続き楽しく読ませていただきました。

    庭に咲く種類の違う花に対し異なった手入れをする
    という比喩には男からしてもかなりの説得力でした。

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  3. 私はあと半年で50になります。こんな50になるとは思わなかった。
    男も女も同じ気がします。どういう40大を過ごせば良かったのだろう?

    TOP5、TOP5 リターンズ共に聴いていました。憂鬱な毎日に対抗するラジオ版のデパス。リターンズの次はなんだろうと思います。Loopかしら?

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  4. あぅぅ…僕なんかこの5月21日で52歳ですよ!
    まさか自分がそんなオッサン?ジジイ?になるとは予想だにしてませんでしたー
    あぁ迂闊過ぎる。
    なにやってたんだろ、オレ
    以前撮った自分の写真が、わけぇことわけぇこと。
    そんな事を考えていた今日このごろ、スーさんのコレ↑ヒットしましたよー(涙)
    でもさー、お茶飲みながらおハナシするなら、
    若い鶏ガラみたいな女より絶対スーさんだよ!
    こんだお茶しましょーよ

    あと、八代亜紀の良さが益々わかってきた今日このごろデス!

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